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皆さんの子育てに関するドキュメンタリーをお届けします
by kosodatey
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<   2008年 06月 ( 11 )   > この月の画像一覧

情熱をもつ

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┗━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.60 ━━━━━━━━┛

家の息子は、いわゆる野球バカです。

朝早く学校へ行き、ランニングと
キャッチボール。

夕方は全体練習、家に帰り夕食後は、
素振りと毎日欠かさず練習していました。

手は、マメが何回も潰れて、タコになっています。

でも、いくら練習してもレギュラー
には慣れませんでした。

練習の時は、玉拾い、外野の守備をしたり
ピッチングの玉を受けたり。

試合は、ベンチで声出し、バット引き、
ランナーコーチとぜんぜん目立ちません、
それでも自分の仕事を一生懸命こなしていました。

2年生の時は、後片付けがなっていないと、
上級生に顔を殴られ青あざをつけて帰って
来たこともあります。

それでも、愚痴1つ言わず、野球をしている
時の息子はとても楽しそうでした。

なぜそこまで熱く慣れたのでしょうか。

先日、私は息子の部屋を掃除していたときの
ことでした、本棚から少しはみ出た紙があり
息子には悪いと思ったのですが、
気になって開けてみました。

それは、小学校6年生のときに
息子が書いた作文でした。

そこには、
『僕の将来の夢は、プロ野球選手になることで、
ホームランを沢山打って、お金を稼いで、
かあちゃんに楽をさせてあげることです。』
という内容が書かれていました。

私は、胸にこみ上げてくるものを感じました。

おそらく息子は毎日見ていたのでしょう、
その作文は手垢で真っ黒になっていました。

あっと言う間に3年生になり、
息子の親友でキャプテンをしていた茂君が
「最後の試合、幸弘を試合に出してください」
と監督に直談判してくれたのです。

それを聞いた息子は、最後の試合を見に来て欲しい
と初めて私にお願いしました。

試合当日、息子はいつものようにベンチで
中腰になり仲間を応援していました。

5対2でリードしていた最終回、
息子は、監督に呼ばれサークルボックスに
入りました。

そして、息子が代打でコールされ最初で最後の
バッターボックスに入りました。

私は、興奮して「幸弘頑張れー」とありったけ
の声で応援しました。

第一級目、見逃しのストライク
第二級目、ファールボール
第三級目、空振り・・・
の三振に終わってしまいました。

でも、息子は満足気にベンチへ帰っていきました。

家に帰り、私は「三振して悔しくなかった。」
と尋ねると、

息子は、「全然、だって毎日の練習は充実して
楽しかったし、三振したけどやることはやったから
悔いは無い」といったのです。

息子は、プロ野球の夢どころか、学校でレギュラーにすら
なれませんでしたが、夢をもって悔いの残らないよう、
充実した毎日を過ごしその過程を楽しんだのだと思います。

私は、情熱を持って物事に取り組む息子を見て
嬉しく思う反面、羨ましいという気持ち
になりました。

これからいろんな苦難が待ち受けていると
思いますが、難なく乗り越えてくれると
安心出来た一日でした。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-27 00:04

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┗━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.59 ━━━━━━━━┛

20歳になる息子が上京しました。

熊本から、ミュージシャンを
目指しての上京です。

息子から最初にこの話を聞いたときは、
夫も私も本当に驚きました。

趣味でバンド活動をやっていたのは、
知っていましたが、まさかプロを
目指していたとは・・・

息子は最初、私にこの話を切り出し、
夫にはなかなか話せないでいました。

しかし、バンド仲間と一緒に上京を
決めていたので、その期限が迫り、
恐る恐る夫にこの話をしました。

夫は猛反対です。
「本当にミュージシャンを目指して、
東京に行きたいなら、この家には
2度と帰ってくるな。」

と言い、その場を去りました。

夫が怒るのも無理はありません、
大事な一人息子なのですから。。

私も、「わざわざ東京に行かなくても、
せめて福岡でも活動は出来るじゃない。」

と言っても、息子は一切私達の言うことを
聞こうとしませんでした。

そして、次の日、息子は夫と私に改めて、
「俺には夢がある、後で後悔したくない。
だから許してください。」と頭を下げました。

夫は、「好きにしろ。」と言いそれ以来、
息子とは口を利こうとしませんでした。

そして、息子は、勤めていた会社を辞め、
今まで乗っていた車を売りに行ったのですが、
足元を見られ二束三文です。

夫や私の実家に挨拶に行きましたが、
皆反対し、考え直すように言われました。

それでも諦めずに、息子は、上京し、
ボロボロのアパートを探し、
レストランで皿洗いのバイトをやりながら
バンド活動を行いました。

そして3ヵ月後、インディーズではありますが
CDデビューを果たしました、この時は親戚が
そろってCDを買ってくれました。

でも2枚目のアルバムの時は、
私の親戚や知り合いはほとんど
買ってくれませんでした。

最初の一枚は、皆情けで購入してくれたのです。

まだまだ、メジャーデビューは遠く、
周りは認めてはくれませんでした。

でも、私だけでも、諦めず情熱をもって
夢を追いかけている息子を応援して
行こうと思います。

いつか、夢が叶う日を願って。

そして、夫は私に隠れて自分の車にCDを乗せ
聞いているようです。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-25 23:23

はちみつ事件

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┗━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.58 ━━━━━━━━┛


「あっお前汚いやめろよ。」

小学3年生の息子は、
友達からの非難を浴びました。

3時間目と4時間目を使っての
家庭科の授業の時です。

その日は、お菓子作りの実習でした。

息子は、小麦と卵を持って
家を出ました。

調理に必要な、材料は皆で、
分担して各家庭から持ち寄ります。

この日作るのは、ホットケーキと
デコレーションケーキです。

初めて作るケーキに戸惑いながらも
皆で、ワイワイがやがや言いながら
楽しく出来たそうです。

出来上がったケーキは、その場で
子供たちが食べるのとは別に、家の
分までありました。

形は変形し少し焦げていましたが、
子供が一生懸命作ったケーキだと思うと
不思議とおいしかったです。

ケーキを作り終えた息子たちは、
さっそく試食をしました。

息子は、デコレーションケーキから食べ
ホットケーキに移りました。

その時、あろうことか、今まで使っていた
スプーンを使い、はちみつの瓶の中に
そのまま突っ込み、そして瓶を口にあて
そのまま口の中にかきこんだのです。

信じられません。

当然、それを見ていた友達からは非難
ごうごうです。

「あっお前汚いやめろよ。」

「汚ったねー。」

「そのはちみつ、もう食えないじゃん。」

など等、集中攻撃です。

でも、息子はなんのことか分からず、
きょとんとしていました。

その後、しばらく皆から、からかわれた
ようです。

息子は下校し、家に帰ってくると、元気
がなくしょんぼりしていました。

私が、「元気ないね、どうしたの。」
と聞くと、息子は、今日の授業のこと
を話してくれました。

そして、息子は、
「でもね、おばあちゃんも家でしょっちゅう
はちみつの瓶なめているよ。」


「もし、智之がはちみつを学校へ
持っていって、お友達が瓶ごと
なめたらどんな気持ち。」

息子、「あっ・・・」

この時、息子は自分がとった行動が
周りの友達に迷惑をかけ、とても
恥ずかしい行為だと反省したようです。

そして、私が、おばあちゃんに注意
しとうとしると、

息子が、私の前に立ち、
「お母さん、僕が悪いんだから、
おばあちゃんを責めないで。」

とおばあちゃんに聞こえないよう、
小声で止めに入ったのです。

正直、私は驚きました。

一人っ子で我まま放題の息子が、
こんなに成長しているとは。

これからはもっと、わが子の成長を
見ていきたいと思いました。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-20 10:32

本気でぶつかるということ

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息子は、中学生の時から英語が
大の苦手でした。

通知表はいつも2です。

高校へ進学するときも
わざわざ英語の授業が1年生の時
だけという高校を受験しました。

高校へ行っても、英語だけは赤点
ギリギリです。

高校1年生の時、たまたま授業参観で
英語の授業がありました。

息子だけが、先生にあてられないよう、
ずっと下を向ていました。

英語の授業が一年生で終わった時は、
息子は、ほっとしていました。

そして、「英語なんて将来使うことなんて
ないよ。」と豪語していました。

高校を卒業し、地元の自動車部品工場
に就職しました。

そして、就職3年目に、海外指導員として
辞令が出されました。

行き先は、西サモアです。

西サモアは、南半球の孤島で
人口18万人ほどの
小さな国です、言葉は母国語
と英語です。

辞令は、出発日の一ヶ月前に出されました。

息子は慌てて、本屋に行き、英語の教材
を山のように買ってきました。
そして必死に勉強しました。

「こんなことなら、もっと勉強しとけば良かった。」
息子の嘆きです。

私は、いまごろ後悔しても遅いよと思いましたが、
「頑張って、せめて日常生活に困らないぐらいの
言葉は覚えて。」と発破をかけました。

そして、現地に到着し仕事に入りましたが、
全く言葉が通じません。

一夜漬けで、通じる程甘くないのです。

仕事は身振り手振りと、カタコトの英語、
僅か30だけ時間割された通訳を通しての
会話で何とか乗り切ることが出来ました。

しかし、英語の出来ない息子は現地人に
馬鹿にされるのです。

馬鹿にされていることさえ気付かないで、
通訳に教えられるありさまです。

息子はよっぽど悔しかったのか、
通訳の人に頼み、授業料を払って
毎日英語をレッスンしました。

そして、3ヶ月程たった時には、
通訳なしで、日常生活も仕事も
こなしていました。

半年後、任期を終え日本に戻って来た
息子は、真っ黒に日焼けしたくましく
なって帰って来ました。

行く前は、不安がっていた息子が
まるで別人のように思えました。

嫌なことから逃げずに、本気でぶつかれば
問題は解決し人は大きく成長するのだと
思います。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
by kosodatey | 2008-06-18 00:12

失敗から学んだこと

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息子は、普段から周りの人に
気遣うとても気持ちの優しい
子です。

晩御飯のおかずが残っていると
おじいちゃんや、おばあちゃんに
「食べなくていいの」と聞いたり。

私が仕事で遅くなっても、眠いのを
我慢して起きて待っていてくれたり。

おじいちゃんが焼酎を飲みすぎて、
酔っ払って寝ていると、「風邪引いちゃうよ」
と手を引いて布団まで連れて行ってくれたり。

とにかく、子供なんだから思いっきり
騒いでよと、こっちが心配するくらい
気を遣うおとなしい子です。


そんなある日、
授業中のはずの息子が突然
家に帰って来ました。

ただいまも言わずに、自分の
部屋に入り、すぐに出てきました。

ズボンを履き替えています。

そして、パンツとズボンを持って
「お母さんこれ洗って」と言うのです。

そのパンツとズボンはビショビショに
濡れていました。

「これどうしたの?」

「おしっこ漏らした。」

そして息子はそのまま学校へ
戻りました。

息子は、全校集会で校長先生が
話をしている時に、トイレを
我慢出来ず、立ったままお漏らし
をしたそうです。

近くの先生にトイレに行きたいの
一言が言えなかったのです。

この時も、校長先生が話を
している時に、トイレに行って
しまうと、校長先生や、周りの
人に迷惑をかけてしまうのでは
ないかと思い我慢していたそうです。

でも、我慢できずその場で、
おしっこをもらしたのです。

当然、息子の周りは、大騒ぎです、
校長先生のお話も中断されました。

息子はその場で、しばらく放心状態
となり、近くにいた先生は慌てて
雑巾を持ち出し、おしっこで濡れた
床を拭いてくれました。

先生は、息子に、
「家に帰って着替えて来なさい。」と言って
一旦家に帰らせてくれました。

放課後家に戻った息子はよほどショック
だったのか、部屋に篭り出てきません。

晩御飯の時間になっても、大好きなテレビ
番組が始まっても出てきません。

心配になって息子の部屋に行くと、
「僕が我慢しておしっこ漏らしたから、
皆に迷惑かけちゃった。」

「今度からは、我慢せずにちゃんと言うよ」
と言いました。

その件以来息子は、自分が思ったことは
はっきり言うようになりました。

息子は、お漏らしをした失敗から、
自分の意思はちゃんと伝えないと
迷惑をかけてしまうと学んだのです。

私は、優しさだけでなく、自分の主張をはっきり
言えるようになった息子の成長を見て、ほっと
胸をなでおろしました。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-17 00:19

最愛の娘に誓って

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『お前なんか死んじまえ。』

妻が私に言った最後の言葉です。

私は情けなくなりました。
そして、妻をここまで追い詰めた
原因を自分のなかで探しました。

妻は、とても良い奥さんでした。

大好きなお菓子屋さんで、
パート勤めをしながら、家では
炊事、洗濯、掃除と家事を完璧に
こなし、おばあちゃんの面倒も
見てくれていました。

私が過労で倒れた時も心配しながら、
一生懸命看病してくれました。

その後、長女が生まれて一生懸命
子育てをしていました。

私の嫌がる言葉は一切言わず、今まで
一度も喧嘩をしたことがありませんでした。

私には、もったいないくらいの妻でした。

そんな夫婦生活が続いていたある日、
妻は突然「別れてください。」
と離婚届を私の前に差し出しました。

私は、「しばらく考えさせて欲しい。」
と理由も聞かずにそう答えました。

私はいろいろと考えました。

仕事仕事で朝早くから深夜まで働き寂しい
想いをさせていたから。

祖母の面倒を妻に押し付けていたから。

私が、家にいるときはいつも
ダラダラして寝転がっていたから。

娘の面倒をあまり看ていなかったから。

冷静に考えるといろいろと出て来ます。

こんな、ダメ亭主に愛想を尽かしたの
でしょうか・・・

それから、冷静になり妻に別れたい
理由を聞いたのですが、
50近く歳の離れた祖母と折り合いが悪く、
もう生活するのに疲れたことが一番
の原因だと話してくれました。

それでも、私はお互いに話合えば、
もとの夫婦に戻れると想い離婚届け
に判を押すことをためらっていました。

数ヶ月が過ぎ、業を煮やした妻は、
「別れてくれないなら、裁判よ。」
「お前なんか死んじまえ。」と言って
娘を連れ家を出て行きました。

この時、私は妻が離婚したいという
本当の理由に気が付いたのでした。

それは、八方美人で優柔不断で
物事をはっきりさせない私に
愛想を尽かしたのです。

妻は、そのことを私に気付かせる
ためにわざと厳しい言葉を選択したのです。

妻は、とても辛かったはずです。

でも、もう手遅れです。

その後、正式に手続きを行い
私達は離婚しました。

それから娘とは逢っていません。
時々、娘の夢を見てうなされる
ことがあります。

娘に逢いたくて、逢いたくて
しかたがありません、もちろん
娘のことを忘れた日は一日も
ありませんでした。

そんなある日、近くのショッピングセンター
に買いへ行きました。

すると子供の日コーナーで子供の写真が
たくさん飾られていて、

可愛い子供が沢山写っていたので、
つい引き寄せられ見ていると
そこに娘の写真があったのです。

娘は元気そうで、楽しそうに笑って
写真に写っていました。

妻が私に見せるために掲示したことは
すぐにわかりました。

私と娘が直接逢うと、お互い辛い思いを
するからです。

妻が出来る最高のやさしさです。

いつか、娘が自ら私のことを尋ねて来て
くれることを信じて、しっかりした
かっこいい父親になろうと思います。

最愛の娘に誓って、父より。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-12 23:36

息子の財産

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┗━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.54 ━━━━━━━━┛

「児童会長立候補の山田です。」


普段はおとなしく、引っ込みじあんの
息子が、自ら名乗り出て、児童会長に
立候補したのです。

息子のほかにあと1人吉田さんが
立候補しています。

全校児童50人にも満たない
小さな学校ですが、7割が女子
という圧倒的に不利な状況です。

どう見ても女子の吉田さんのほうが
有利です。

ですが、息子はそんなことは一切
気にせず、朝早くからの挨拶運動、
掃除、鶏やウサギの飼育など自分
で出来ることは何でも進んでやりました。

もちろん選挙活動も活発に行いました。

緊張する中、体育館で全児童を前にして
児童会長になって、やりたいことや
自分の思いを話しました。

投票日がやってきました、
この日ばかりは、緊張して家を出ました。

そして投票と開票、児童数が少ないので
結果はすぐ出ました。

残念ながら息子は、たった2票差で
負けてしまいました。

友達は、良く頑張ったと褒めてくれました。
中には、息子が負けて悔しがっていた子も
いたそうです。

その後、息子は副会長に選任されました。

でも、本人はやはり、会長になりたかった
らしく、とても悔しそうでした。

家に帰ってもどこか、元気が無く
しょんぼりしています。

その様子を見ていた、おじいちゃんが、
「くよくよするな、お前は良くやった、
自分から名乗り出て、一生懸命自分の
意思を伝え皆が応援してくれた、
この体験が財産なんだ。」

と息子を励ましてくれました。
そして、息子は
「副会長の仕事頑張るよ。」
と元気な声で返事をしました。

私は、おじいちゃんの励ましと、
息子の頑張りを見て楽もしい思いで
いっぱいになりました。

私も、負けてはいられません、
明日から頑張る元気をもらいました。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-10 23:36

あなたがいてくれたから

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告知義務違反であなたの
医療保険を解除します。

民間の生命保険会社からの
一方的な解約通知です。

そして心臓の病気で入院していた
夫のもとへ、保険会社の
調査員が来ました。

保険加入後2年以内の病気
なので一応調査しますとの
ことでした。

調査員は、夫にいろいろ質問し
担当の医師へ質問する同意書を
取りました。

そして、夫の勤める会社まで
調査は及んだそうです。

まるで、犯人あつかいです。

養老保険にしか入っていなかった夫は、
終身保険に切り替える為、
養老保険を解約し、私が加入している
保険会社の職員を呼び契約しました。

「過去5年以内に病気や怪我はありませんでしたか?」
と聞かれたので、
「3年前に大腸のポリープを取りました。」
と答えました。

すると、職員は「それぐらいなら書かなくても大丈夫です。」
と言うので、夫は病歴欄を空白のまま申請しました。

もちろん、告知義務など知りもしませんでした。
説明も全くありませんでした。

それから、1年ちょっとが過ぎ、入院して、
保険手続きをしたところ調査が入ったのです。

慌てて夫は、担当の職員を呼んで、
「どういうことだ」と問いただしました。

すると、1人は、「私は知らない」と言い
もう1人は、「よく覚えていない」ととぼけるのです。

夫は、あまりにもいい加減な態度に、
「ふざけるな、帰れ。」と病院の中で叫びました。

らちがあかないので、責任者を呼び出し説明を
求めると、あくまでも本人の申請によるもので
病歴を記入しなかった夫が悪いと言うのです。

弁護士や警察、消費者センターにも相談したの
ですが結局解決せずに泣き寝入りでした。

社会保険の高額療養費でほとんどの医療負担は
まかなわれますが、これから先、それ以外は
全て自己負担です。

私達には、生後3ヶ月の娘いて、これから
大きくなるにつれお金が掛かります。

夫と私は、落胆しましたが、夫が今の
現実を受け止め、この子の為にも2人で頑張って
少しづつ貯金していけば何とかなると言って
くれました。

そんな夫の前向きな姿勢に、私も
夫や娘の為に頑張ろうと思います。

でも、もし娘がいなかったら夫も私も、
こんな気持ちにはなれなかったと思います。

”ももちゃん”生まれて来てくれて本当に
ありがとう。

あなたのおかげで、パパもママも救われました。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


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by kosodatey | 2008-06-08 23:46

前向きに生きる

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私の前に突然3歳ぐらいの
女の子がやって来ました。

3年振りに逢う孫の姿です。

3年前に息子夫婦が別れてからは
一度も逢っていませんでした。

孫の面倒を見てくれている
叔母さんが、母親には内緒で、
スーパーの婦人服売り場に勤める
私のもとへつれて来てくれたのです。

孫は、普段は人見知りをして母親の後ろに
回って隠れてしまうそうです。

血の繫がりでしょうか、私の前では、
いっさい隠れずに、ニコニコしながら
立っています。

私が、「るみちゃん大きくなったねぇ、
いくつになったの。」と尋ねると、

孫は、「さんさい」と指を3本立てて
答えてくれました。

私は、「おばぁちゃんだよ」と言い、
孫を抱きかかえたかったのですが、
その感情を必死で抑えていました。

孫は、私のことを、
おばぁちゃんだとは知りません、
孫を驚かせ混乱させるといけないと
思ったからです。

そして、しばらくお話して
「バイバイまたね。」と
お互い、言い合い別れました。

その時の切ない気持ちは何とも
言いがたいものでした。

家に帰り息子にその話をすると、息子は、
「そうか、元気にしていたらそれで良いんだ。」

といい、続けて、
「お父さんのこと許そうと思う。」
と私に言ってくれました。

私は、息子がまだ幼い時に離婚しました。

息子は、私と息子を養っていけなかった
父親をずっと許せずにいたそうです。

でも、わが子と離れて暮らす辛さ、
わが子は元気にしているだろうか、
といろいろな感情を味わい父親の気持ち
が分かるようになり、

父親がいたから今の自分があり
娘が生まれた感謝しなくては・・・
と話してくれました。

私は、父親と別れ、娘とも別れる運命を
背負った息子のことをとても不憫に思って
いました。

息子は、悲しい思いをしてきた分
人の気持ちの分かる、優しい人間
になっていました。

息子の言葉を聞き、不憫に思うのは
今日で辞めようと思います。

私も息子のように前向きな人生を
送ります。

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by kosodatey | 2008-06-08 00:02

体験で学んだこと

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. :   ☆ 。.  コ┃ソ┃ダ┃ テ┃ク┃ ラ┃ブ┃
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: :*▲▲▲▲*  「体験で学んだこと」 
 ~~~∥~~~  http://kosodatey.exblog.jp/
┗━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Vol.51 ━━━━━━━━┛

「6年生の西山君、至急職員室に来なさい。」
息子は、昼休みに放送で呼び出されたそうです。

息子は、何の呼び出しかと職員室へ行くと、
机の上に、クシャクシャになった、
学校新聞が置かれていました。

そして、担任の先生に、
「これなんだか分かるな。」
と問い詰められ、

息子は、
「すみませんでした。」
と頭をさげました。

学校新聞は、毎月校長先生が、
学校の行事、案内、児童の出来事、
地域活動などをA3用紙にまとめて
発行されます。

発行先は、児童と学校校区の住宅
全てに配布されます。

配布は、児童が担当し、担当の家
一件一件に歩いて手配りで渡します。

息子は、その配布をさぼり近くの
山へ投げ捨てたのです。

息子の担当する家から、今月の
新聞がまだ届かないと学校へ
通報がありました。

本人は、配るのが面倒だったようです。

担任の先生は、かんかんに怒り、
「なんでこんなことしたんだ。」
と言って、延々と息子に説教しました。

それを見ていた校長先生が、
「次からちゃんと配ってくれるよね。」
と優しく叱り、その場は収まりました。

ある日、息子は校長室の外から、
じーっと中を覗いていたそうです。

そこには、校長先生が一生懸命
文書を書いている姿がありました。

学校新聞を作成する姿です。

校長先生は、息子の姿に気付き、
「入っておいで。」と息子を中へ
入れてくれました。

息子は、
「先生、新聞1人で作ってるの、
僕も手伝います。」

と言って、写真を切り抜いたり、
印刷を手伝ったりしたそうです。

息子の手や顔は、インクで真っ黒です。

そして、息子は校長先生に
「先生、この間は本当にごめんなさい。」
とあやまりました。

校長先生は、何も言わずただ、にこにこと
笑っているだけでした。

それから、息子は学校新聞を積極的に
配るようになり、配った先々で、

「おばちゃん、新聞作るの僕も手伝ったんだよ。」
と言って配っていたそうです。

息子は、新聞配りだけではなく、風呂掃除や
皿洗いなど、家のお手伝いをやってくれるように
なりました。

息子は、校長先生と新聞作りを体験することで、
その大変さを知り、人の苦労や、人の気持ちが
分かる優しい子になりました。

私は、そんな息子の姿を見て、ほっとしました。

そして、決して怒らずに、息子を信じ
口ではなく、行動で息子に気付きを与えて
くださった、校長先生に感謝します。
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by kosodatey | 2008-06-04 23:14


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