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皆さんの子育てに関するドキュメンタリーをお届けします
by kosodatey
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12歳のおかあさん

国が違っても、一人の人間に大差はないのですが、
お国事情によって、状況は変化します。

各国には、どんな家族の形があるのでしょうか?

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雨がじめじめと降る、6月のある朝
公衆トイレで一人の男の子が生まれました。

母親はジーナという名の、まだ12歳の少女。

生まれたばかりの子供の父親はいません。


ジーナは8歳のときに、経済的な理由で、
親から捨てられ、ストリートチルドレンとなりました。
そして町で花売りをしながら、何とか日々の生活をつなぐ毎日。

ある朝も同じように、一人の男性に花を買ってくれと
しつこくついて行くと、路地裏に連れて行かれました。

その日以来、彼女は花売りに出掛けることはなくなり、
乞食となったそうです。

ジーナはこのことについては絶対に口を割らないそうですが、
子供を身ごもる羽目になった原因は、そこにあると、
彼女のストリートチルドレンのグループの一人の子供が言います。

ジーナは心にも、体にも深い傷を負いました。


その日から、10ヶ月を待たずして、
子供は生まれました。

12歳の一人の少女が、たった一人で取り上げた子供です。
まだ成熟していない、子供が子供を生む悲劇。しかし、
珍しいことではないそうです。

しかしながら、彼女は生まれた子供を見て、しっかり母親になっていました。

今にも折れそうな細い腕で、子供を抱きながら、
物乞いをして、何とかしてやっと得たお金で子供のためにミルクを買います。
自分はほとんど水しか飲まずに、そうするのです。

けれども、そんな母親の愛情もむなしく、
生後2週間、劣悪な環境の中で、赤ん坊の様子が急変しました。

赤ん坊の体には赤い発疹が出て、一向に泣き止まない。
病院に連れて行っても、十分なお金がないため、
検査すらしてもらえない。

そこでジーナが向かった先は、
臓器提供ができる施設。EYE BANKでした。

「私の目を売って、この子の手術代を払うわ。」と。


しかし、まだ未成年ということで、
彼女の申し出は却下されました。


彼女のように、本人の意に反し、子供を生む少女はいるが、
多くは面倒が見切れずに、路上に捨て去るそうだ。

しかし、ジーナは
「この子には、母親のいない寂しさを絶対に味あわせたくない。
 この子は私が育てるわ。」

と言います。


その日、彼女はまた路上で花を売り始めました。

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by kosodatey | 2007-10-14 23:39

Mother's Day

どこの国でも、母親は特別な存在であるように、
日本でも母の日は、各家庭で尊ばれ、
母親への感謝を表されてきたのではないでしょうか。

しかし、感謝の表し方は、人それぞれです。

今日は、10歳の男の子の感謝の表現方法を覗いてみましょう。

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小学校3年生になる息子がいます。

母の日のことです。

世間はどこも、母の日を祝っていました。

テレビをつけても、新聞を読んでも
どこかしらに、母の日の話題が取り上げられている。

スーパーに行っても、コンビニに立ち寄っても、
「母の日フェア」なるものが行われてる。

なので、もちろん私も気づいていました。
そして、そんな中、期待せずに息子の帰りを待つことは出来ません。

去年は、肩叩き券
一昨年は、お手伝い券
そして、その前は「ありがとう」カードでした。

今年は、一体何をくれるかな、と。

そんなことを思い巡らしながら、
いつもに増して、息子の帰りを心待ちにしていました。

午後15時頃、学校から帰ってきた息子は、
すぐに「遊びに行ってくる!」と飛び出していきました。

そして再び17時半に帰宅。
旦那も揃って、家族で晩御飯を囲みながら
いつもの団欒の時を過ごしました。

表情にこそ出しませんでしたが、私は、
心のうちで、ひそかに期待していました。
[この食事が終わったら、優は言い出すのかな…]

しかし、息子はいつもと変わらないまま、
食事を済ませ、お風呂に入り、
遂には就寝してしまいました。


優は、もう母の日を祝ってくれる年頃では
なくなってしまったのかな、と
がっくりしました。

それとも、本当に忘れていただけなのだろうか?

何も、高価なものがほしいわけではないのです。
気持ちなのです。
母親をほんの少し労わる思いやりがほしかったのです。

次の日になると、私は、
昨日のショックを心の片隅に残しつつも、
午後には忘れていました。

その日の夕方、勢いよく帰ってきた息子は、


「おかあさん、母の日おめでとう!」と、
私に、1本のカーネーションを手渡しました。


私は一瞬わけが分からず、ありがとうも言わずに
「母の日は昨日よ。」と言いました。

すると息子は、
「知ってるよ。昨日だと、カーネーションが500円だから
 買えなかったけど、今日は、100円だったから。」

と。

おまえは賢い!と大笑いしながら、
息子の気持ちが本当に嬉しかったです。

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by kosodatey | 2007-10-11 16:47

金魚すくい

子供は大人より、持っている情報量が少ないために、
違うものの区別がつかないことがあります。

しかし、それだからこそ
時に大人が忘れてしまった、
純粋な感性を思い出させてくれることがあるのでしょう。

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3歳の娘を近所の夏祭りに連れていきました。

昔ながらの出店がたくさん出ているところで
商店街一帯に立ち並んでいました。

わたあめを食べて、ヨーヨーつりをして、お面を買って…。
娘はとても楽しそうでした。

そして、大好きな金魚すくいを見つけた娘は
「やる!」と言うので、
100円で、ひとつのすくい網を買いました。

水槽の中には、小さい金魚と出目金がいっぱい泳ぎ回り、
中に一匹だけ少し異質な大きい金魚もいました。

非常に慎重派な娘は、金魚をじっと観察して、
一向に網を水の中に入れる気配がありません。

私が出目金を指して、「エリちゃん、この黒いの取れそうだよ。」
と言っても、無視。
ただ、じっとチャンスを待っているようです。

実は、すくい網をくれたとき、お店のおじちゃんが、
娘が金魚を取れるようにと、やぶけない網をくれていました。

しかしまだ3歳の娘には、その違いが分からないのか、
網を破きたくない一心で、ひたすら、
ここぞというチャンスを待ち続けていました。


10分後、しびれを切らした私は、娘に
「お母さんにやらせてくれる?」と聞きました。

娘は素直にすくい網をくれたので、私は、娘のためにと
一際大きい金魚を狙って水の中に網を突っ込みました。


すると娘は、顔色を変えて「やめて!網が破けちゃう!!」と
大泣きしだしました。それを横目に知りながらも、私は熱くなり、
一番大きい金魚を追いかけまわすのに、必至でした。

しかし、娘があまりに泣くので、仕方なく小さい金魚を一匹
すくい上げました。


私の取った小さい金魚を一匹と、おまけでもらった出目金一匹を
袋に入れてもらった娘は、泣き顔も去ることながら、
とても満足そうでした。


子供にとって大きさは、問題ではないようです。

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by kosodatey | 2007-10-01 23:29

the story of Daniel

続いて、トレイシーの夫
ダニエルの話を紹介します。

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ダニエルは11歳のとき、
目の前で母親をその元恋人に殺されました。

彼は自分も殺されると思い、
とっさに、台所の食器棚に身を隠しました。

その後ダニエルの母と音信不通となった親戚の人たちが不信に思い、
数日後、家に訪ねてきました。
そのとき、彼は食器棚からようやく身を現しました。

そこで、ショックを受けているおばさん、
そして変わり果てた母親を目の当たりにしました。

ダニエルはその後、高校を中退、
ニューアーク、ニュージャージーの路上で麻薬を売り始め、
一日800ドルの荒稼ぎをしていました。

彼にとってはとてつもない大金を手にした訳ですが、結局
酒や麻薬、ギャンブル、女へと湯水のように使い果たしてしまいました。

60年代の暴動や、多くの凶行など、彼は多くのことを目の当たりしながら、
自分の将来を悲観しつつも、このままではダメだと思い、
19歳のとき、そこから抜け出すために軍隊にはいりました。

国内の数箇所に配属されて働いて3年後、彼はニューアークにもどってきました。

しかし、彼はまたヘロインやコカインに手をだしてしまいました。

彼はニューヨークに移動し、ついにホームレスにまでなってしまいました。
そんなとき彼は路上でトレイシーに出会ったのです。

忘れもしない1989年の冬でした。

そして恋に落ちました。

しかしそのあとも繰り返し、麻薬に手を出し続け、
刑務所の出入りを数年間繰り返していました。

実は、そんな中、彼らには3人の子供がいました。
とは言え、両親がとても責任をもって育てられるような情況にはなかったため、
ニューヨーク州児童保護局に子供は引き取られ、施設にいれられました。

ダニエルとトレイシーは、このことを本当に後悔しています。
子供が18歳になったら絶対に会いたいと言います。

最年長の息子は今17歳になっています。

彼らは息子に会って、
ごめんなさい。
会えなくても、いつも、あなたのことを思っていたわ。
愛してる。

と伝えたいと切に願っています。

ダニエルは今、トレイシーと7歳になる娘とともに
ブルンクスで平穏な生活を送っています。

1年後、施設に入っている息子を迎えに行くのを
楽しみにしながら、、。

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by kosodatey | 2007-10-01 23:18


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